
- 内 容
- 第1部 サイバー犯罪とは
- ① サイバー犯罪の現状と対策研究の意義(中野目善則・四方光)
- ② サイバー犯罪の犯罪学(四方)
- 第2部 サイバー犯罪実体法
- ③ 不正アクセス(渡辺和巳 東京都民安全推進本部総合推進部都民安全推進課長)
- ④ 刑法上のサイバー犯罪(四方)
- ⑤ ネットワーク上の児童被害(高良幸哉 筑波大学情報学群知識情報・図書館学類助教)
- ⑥ ネットワーク上の情報の規制と保護(四方)
- 第3部 サイバー犯罪手続法
- ⑦ デジタルフォレンジックの基礎(北條孝佳 弁護士)
- ⑧ サイバー犯罪捜査(中村真利子 中央大学国際情報学部准教授)
- ⑨ デジタルデータの証拠法(島田健一 中央大学大学院法務研究科特任教授・東京高検検事)
- ⑩ サイバー犯罪対策の国際協力の枠組み(川澄真樹 中央大学法学部兼任講師)
- 第4部 サイバー犯罪対策
- ⑪ 日本のサイバーセキュリティ政策(人見友章 警察庁交通局交通規制課課長補佐)
- ⑫ サイバー犯罪の越境捜査とその課題(四方)
- ⑬ 諸外国のサイバー犯罪対策(四方、中野目、滝沢誠 中央大学大学院法務研究科教授)
- ⑭ 日本のサイバー犯罪対策の今後の課題(中野目)
サイバー犯罪は極めて憂慮すべき状況にあり、社会のDX化が急加速する中、サイバー犯罪対策は刑事政策においても緊急を要する重要課題になっています。本書は、サイバー犯罪研究の第一人者である中央大学法学部の中野目善則教授と四方光教授が共同編集した論文集で、サイバー犯罪対策やデジタル通信技術に精通した研究者・実務家が執筆しています。本書は4部構成となっており、収録論文は上記のとおりです。
第1部は総論的な位置付けで、①論文では、サイバー犯罪の意義、主な手口・態様、検挙統計や被害統計に基づく動向、特徴等が概説され、②論文では、従前の犯罪学の視点から見たサイバー犯罪について概説し、今後の展望として複雑系システムとしての解明が必要であることを指摘しています。
第2部は、実体法の諸問題を扱っており、③論文では、不正アクセス禁止法を取り上げ、その概要、主な検挙事例、IoT機器乗っ取り防止対策の状況等について、④論文では、刑法上の犯罪を取り上げ、コンピューター・電磁的記録に対する罪の概要、刑法上のネットワーク利用犯罪であるわいせつ情報に関する罪と名誉棄損罪の概要、ソフトウェア提供者の責任に関する問題、不正指令電磁的記録に関する罪の概要等について、⑤論文では、児童・青少年の被害という観点から、ネットワーク上のリスク類型や環境整備状況、児童の性的被害防止の潮流とこれに関連する出会い系サイト規制法、児童福祉法、児童買春・児童ポルノ禁止法、青少年健全育成条例の概要等について、⑥論文では、ネットワーク上の情報の規制と保護という観点から、犯罪の手段となり得る情報の規制や重要な情報を保護するための規制について、それぞれ紹介しています。
第3部は、サイバー犯罪手続法として、主として証拠収集に関する問題を取り上げています。⑦論文は、サイバー犯罪についてどのような電磁的記録を収集・保全する必要があるかを解説し、収集・保全の際には常にデジタル・フォレンジックを意識する必要があることを指摘し、関係する電子機器等の特定、証拠保全の際の留意点、電子機器や電磁的記録の解析の際の留意点等について、分かりやすく解説しています。⑧論文と⑨論文は、電磁的記録を証拠として収集・保全する手続きに関する問題を取り上げています。この問題に関しては、クラウドの普及により、関係する電磁的記録が関係者のPCやスマートフォンではなく、全く別の場所(海外も当たり前)に置かれたサーバーに記録されるのが当然となっている実情を背景として、リモート検証の可否(平成28年の東京高判はこれを否定)、国境を超えるリモートアクセスの可否(平成3年の最判は一定の場合に許されるとし、条件を付したかに読める)が大きな問題となっており、捜査実務に大きなストレスが生じています。⑧論文では、電磁的記録媒体の差押え、記録命令付差押え、リモートアクセス捜査等について基本的な説明をした上、残された課題として、これらの問題について説明しています。⑨論文は、電磁的記録媒体の特定の程度や関連性の判断など、特有の論点について解説した上、国境を超えるリモートアクセスの可否等について考察を加えています。⑩論文は、EUサイバー犯罪条約の概要、ICPOとIGCI、24時間コンタクトポイント、国際捜査共助の枠組み、逃亡犯罪人引渡しの枠組みについて概説し、国際犯罪であるサイバー犯罪に対する国際協力の枠組みの全体像を紹介しています。
第4部は、サイバー犯罪対策で、刑事司法以外の視点も取り込んでサイバー犯罪対策の現状や課題を扱っています。⑪論文は、平成26年に成立したサイバーセキュリティ基本法の概要やその後の進展、サーバーセキュリティ政策の推進体制や政府の取組みの概要について解説しており、サイバーセキュリティが国家安全保障や危機管理上の重要課題であることを再認識させてくれます。⑫論文は、国境を超えるリモートアクセスの問題に焦点を当て、これを解決する国際的枠組みの早急な創設等が必要であることを指摘するとともに、海外にデータが蔵置されている場合でも国内のプロバイダーに対する令状で越境データ移転を求めることができるという米国クラウド法を紹介しています。同法は、米国が行政協定を締結した外国政府からの要請に応じてメール情報を開示することを許容しており、我が国が米国と行政協定を結んでデータを取得することの可否等についても検討しており、今後の対応を検討する上で大いに参考とすべき内容を含んでいます。論文⑬は、米国及びドイツの刑事司法におけるサイバー犯罪対策について紹介しています。論文⑭は、今後の課題として、プロバイダーに対するログの保存の義務化、捜査機関によるその取得、メールなど通信内容の取得、捜査機関がハッキング・ツールを送り込んでコンピューターの動作を把握するなどの捜査の可否、リモートアクセスの可否などの論点について、現行法でも可能なものがあるのではないかとの観点から仔細に検討を加えています。
本書の概要は以上ですが、本書は、サイバー犯罪に関わる諸論点を幅広く取り上げており、技術面に関わる部分も専門的過ぎる記述は避けて平易で読みやすく書かれています。本書は本年7月に発刊されたばかりで、法令や判例など最新の状況を踏まえています。そのため、本書は、刑事司法の実務家や学習者がサイバー犯罪対策の全体像を把握し、個別の論点の問題の所在を把握する上で大変有用であると思われます。また、サイバー犯罪は、捜査公判に関わる実務家だけでなく、広く刑事司法関係者が理解を深める必要がある分野になっていますが、そのための資料としても活用できる内容になっていると思われます。